五行の罠
不思議でならない。
母拳たる四把を差し置いて何故五行拳がこんなに持て囃されるようになったのか?
誰かが無意識かつ意図的に誘導したとしか思えない。
そもそも四象を表す動きがあって五行を表す動きが無いはずがなく河南の心意六合にも五行の概念があるはずだ。
河南ではそれをどう表現しているのか?
みんな文献の読み込みが足りない。前提とする文化や環境が根本的に違うのに自分の人生の主観でしか考えていない。
色々読んで調べて気づいたことはあるが公に発表するのは躊躇われる。
本来の五行とは何か?そこに確信はあるが成立した年代にタイムスリップして作った本人に聞かないと確かめようがない。
だが現在伝わる戴氏心意の五行拳を作った人間はある程度絞ることができる。
おそらく二人いる。
元にしたテキストも特定ができる。
初期心意とは別の概念が入っている。
初期心意のまま考えれば全ての技法が円環する。



